
第1話 武蔵と小次郎 (初出:週刊少年マガジン2018年26号)
武蔵は親友の鐘巻小次郎と共に武士団を結成して鬼退治をする事を夢見ていた。5年後、彼は武士になるという願いとは裏腹に、鬼の為に鉱夫として働かないといけないという現実に苛まれていた。
第2話 荒ぶる神 (初出:週刊少年マガジン2018年27号)
空から降りてきた鬼神を倒そうとする武蔵に対して、小次郎は武士や鬼退治に対して消極的になっていた。一度は武蔵によって切り捨てられた鬼神だが、大量の金属を食らって「炎獄天狗」という真の姿を現し、彼等を圧倒する。
第3話 武士団 (初出:週刊少年マガジン2018年28号)
鬼神から小次郎の刀を取り戻し喜ぶ武蔵だったが、鬼神は死んだ訳ではなかった。その直後に現れた武田武士団と炎を出して再び暴れる鬼神が激突する中で、武蔵もまた両者の間に入って戦おうとする。
第4話 碧天鶴翼 (初出:週刊少年マガジン2018年29号)
武蔵は鬼神の体表を切りつけて応戦するが、その度に傷を再生されてしまう。その時、武蔵は謎の力によって拘束されてしまい、武田武士団の本陣迄引っ張られてしまう。武蔵を迎えたのは武田尚虎は彼に対して、鬼神退治の理由とその覚悟を問う。
「すもももももも ~地上最強のヨメ~」や「マギ」で評価を集める漫画家、大高忍の最新作「オリエント」が週刊少年マガジンで連載を開始した。第1巻に収録されている全4エピソードを通して、主人公の武蔵が初めて鬼神と戦い、そして武田武士団に遭遇する迄の物語が描かれている。連載当時第1話が巻頭カラー含む70頁で、その後も第2~4話にかけて50頁、36頁、37頁と破格のボリュームで構成されている。
武蔵は武士団を率いて鬼神を倒すという夢を持っていた。しかし、そんな彼の夢は周りの人間からすると、嘲笑され忌避されてしまう類のものだった。それを知っていた武蔵は、長い間自分の本来の夢を隠しつつ、周りに合わせて「鉱夫として働く」という嘘をつき続けていた。そして、その事は親友の小次郎に筒抜けであり、武蔵は彼の指摘に何の反論も出来なかった。
自分の夢や成し遂げたい事、それらを口に出すという行為は年を取る度に段々難しくなっていく。その難度を上げる原因の1つは周りからの目である。人によっては周囲の事など気にせず言える者も居るかもしれない。だがその一方で、武蔵のように自分の本心を隠してしまう人間も現実に一定数居ると思う。
武蔵の場合、彼の夢は他の人々からすれば忌み嫌われるものであり迫害される恐れもあった。武士とそれに纏わるものは否定される場所で、彼のような思想や考えを表に出してしまえば誰からも相手にされなくなってしまう。その恐怖が彼を押さえつけていた。人間が1人で生きていくというのは案外難しく、それなら多少我慢しても周りに合わせた方が、少なくとも一時の安寧は手に入れられる。それが弱さだとしても、簡単に切り捨てられるものではないと筆者は思う。
そして、実際に鬼と戦い傷つけられる中で武蔵は己の弱さと改めて向き合う。自分を騙して生きる安寧よりも武士として鬼と戦い自分らしく生きられる波乱を彼は選んだ。鬼に従う役人からの問いに彼は自分の夢を言い放つ、誰かに与えられた夢ではなく自分の意思で選んだ夢を。彼の武士として生きる道は此処からようやく始まったのである。
武蔵と小次郎が生きる町では人間を支配する鬼が守り神として崇められており、生活の全てに鬼が関与している。鬼に対する崇拝がもてはやされている一方で、武士こそが人々を苦しめていた悪者だという偏った思想教育が行われている。このように鬼に負けた人間達は、勝てば官軍負ければ賊軍の如く生きる全ての実権を鬼に握られているのである。その様相は実際の人間の歴史における戦争の最中で起きた出来事に類似していて、生々しいリアルさを持って描かれている。
特に、武蔵を含めた竜山鉱山での入山の際に彼等が見た光景は恐ろしさが極まっている。見開きにより見渡す限りにつるはしを振り回す沢山の人間の姿と、その間をうろつく鬼とそれに遣える役人達、そして中央では人間を頭からかぶりついたり鋭い爪で引き裂く2匹の鬼が描かれている。全体的に淡々としている雰囲気の絵だが、だからこそ其処で起きている異常性と残虐性がより際立って伝わってくるのである。
大高忍の作品で見られる特徴の1つに、作中でのキャラクターとその場面が極端にデフォルメされて描かれる事がある。例えば「マギ」ではギャクシーンを面白くする効果的な演出として使われていたが、此処では寧ろ不気味で陰鬱なものとしてより映えるようになっている。出てくる鬼の見た目は可愛らしいが、やっている事は獣じみているのが余計に恐ろしい。
鬼を一度は倒した武蔵たったが、後にまだ鬼が完全に死んだ訳では無い事を知る。そして、彼は初めて本当の武士団と出会う。武田武士団とそれらを率いる団長の武田尚虎。武蔵にとって初の鬼退治は残念ながら彼等の手柄となってしまう。
武蔵は鎧を被った尚虎に自分は鬼神を倒した武士だと名乗った。しかし、尚虎からすると武蔵はただの15の少年以外の何者でも無かった。今の武蔵には鬼を倒す為の手段も知識も無いという現実を本物の武士から突きつけられてしまったのである。自分が何者になろうともそれに見合う実力が無ければ認められない、厳しくも越えなければいけない壁が彼の目の前に立ちはだかっていた。
これから武蔵は本物の武士になれるのか、そして鬼神を倒す事が出来るのか。自分の進むべき道を決めた彼の冒険が始まった。
追記
マガジン連載当時、本編の最後に予告されたサブタイトルのうち、実際には変更されたものがいくつか存在する。変更される前の謂わば仮タイトル扱いとなったものを此処に纏めておく。
第3話 武士団襲来
第4話 空っぽの夢