「我々は何時迄、コミケで同人誌を買わなければいけないのか?」、これは筆者が感じている疑問の1つである。いや、これは疑問というよりは懐疑という言葉が当てはまるかもしれない。もっと言ってしまうと、筆者はこの話題に触れる事に相応しい充分な立場と考え方を持ち合わせていないのである。何故なら筆者は今迄コミケに行った事がないし、何かしらの同人誌を出した事も無いからである。しかし、筆者にとってコミケひいては同人誌は、これからの電子書籍を考える上で避けることの出来ない要因の1つなのである。何処か虚空を掴むような、始終そんな調子で終わるかもしれないが、可能な限りの言葉を用いて語りたいと思う。
同人誌と言ってもその一言では片付けられないくらいに、様々な体裁のものが存在している。此処で具体的に取り上げたい同人誌の条件を以下のように設定してみた。
- その同人誌の作者(個人ないし集団)が商業活動において、一定の成果や知名度を持っている、即ちプロであること。例えば、漫画家やイラストレーター等である。
- その同人誌が漫画や小説の類であること(内容が成年を対象とするものも含める)。
- その同人誌がイラスト集の類であること(内容が成年を対象とするものも含める)。
簡単に纏めると以上のような具合である。また、これらの条件に当てはまる同人誌こそ目下、筆者が欲しいと思っているものだと思ってもらっても差し支えない。
恐らくコミケが好きな人、あるいは同人誌を集めるのが好きな人達からすると、「我々は何時迄、コミケで同人誌を買わなければいけないのか?」という文章には甚だ遺憾の意を唱えたくなるかもしれない。しかしどうか、はやる気持ちを抑えてどうか聞いてもらいたい。筆者が願っている事はつまり、「同人誌の電子書籍化」である。何故このような事を切望しているのか。それをこれから説明したいと思う。
まず、同人誌を買うにはコミケなどの同人誌即売会に行けばいいのは、筆者も充分承知している。しかし、世の中にはどうしてもその日その場所で開催される、同人誌即売会に行けない人達だって多い筈である。場所が遠く遠征費がかかったり、仕事等でどうしても休めない用事があったりと学生なら兎も角、20歳以上の大人にはおいそれといかない事情も多々ある筈である。
また、同人誌は書店など一般に流通している書籍に比べて絶対数が少なく手に入りにくい。この辺のデメリットは、以前触れたエロゲのビジュアルファンブックのそれにも共通している。
エロゲのVFBは一般の書籍と違い流通量が非常に少なく再販しないので、定価で買うにはほぼ発売直後の機会しかない。
同人誌を電子書籍化する事は、世の中にある他の本の電子書籍化にも通じるようなメリットをもたらすと筆者は考えている。しかし、同人誌の電子書籍化がある意味で、他の本より難しいという事もまた事実なのである。
同人誌の作者は商業目的で作られた本とは違い、プロとアマチュア関係なく色々な人達が居る。
同人誌(あるいは同人○○)は、同好の士によって自費出版される発行物である。
要するに「好きな人が好きな人に向けて発行する」物、ということです。
そこに会社の意向などは存在せず、あくまで個人が好き勝手に作るわけですので、制約が無い代わりに後ろ盾もありません。
そのため基本的に商業誌と比べて小規模なものになりがちで、ゆえに同人誌を指して「薄い本」などと呼ぶスラングも存在します。
なお、同人誌を発行する主体は慣例的に「サークル」と呼ばれており、多くは1人~数人程度の「私的な集まり」です(「学漫」と呼ばれる学校内サークルなどを除く)。
このように同人誌の基本的な性質は、作者の自由裁量が大きく働き尚且つ、それらは狭い範囲でやり取りされるものと言える。更に同人誌には次のような性質を持つ。商業目的で出版された本にはあり得ないものである。
営利を主目的とはせず、あくまで発表すること自体が目的である。
ザ・建前第一号です。
とはいえ、実はほとんどのサークルにとって、この建前は本音でもあるようです。
コミックマーケット準備会が行ったアンケート調査によると、コミックマーケットの参加サークルのうちおよそ7割が赤字、という結果になったようです。年に20万円以上の黒字を計上するサークルは1割にも満たず、これなら普通にバイトでもした方がよほど効率的でしょう。
ですがその辺の事情は意外と知られておらず、筆者も昔、友人(いわゆるアニメオタクかつゲームオタク)に「同人って儲かるの? えっ、儲からない? それってやる意味あるの?」と訊ねられて脱力した覚えがあります。
確かに参加サークルの多くに一般人が混じっているとなると、赤字が多いのは当然の結果とも言える。そして、参加サークルには営利以上に大切な目的があるようである。
今では、単純な作品発表の場という意味では、物理媒体にこだわらずネットでいくらでも発表できる、という考え方もあります(事実、多くの同人作家はネットでも作品を公表しています)。しかしながら受け手との対面コミュニケーション、更には本やCDといった媒体へのこだわりなど、ネットのみでは代替不能な部分というのは依然として強固な存在感を放っているのです。
この部分はやはり実際にサークル参加を経験した人達でなければ理解出来ないこともあるだろう。事実、筆者は同人誌を紙だけでなく電子書籍でも発表して欲しいという思いがある。少なくとも、あまり媒体に強い拘りのない筆者には理解出来ない感覚が、其処に確かに存在しているのである。ただ、コミケそのものを否定するつもりはないし、其処にはやはり自分が生まれる前から積み上げられてきた歴史と文化がある以上、しっかりと向き合う必要はあると思っている。
実はこの記事を書いている途中、面白いブログの記事を見つけた。筆者が興味のあるジャンルを扱っている訳ではないが、同人誌というより本に対する考え方に共感出来る部分があったのである。
弊サークルの同人誌はすべて、紙の書籍版のほかにPDF版を用意している。加えて前々号からは、書籍版を買ったらPDF版を無料でダウンロードできるようにしている。この方法は、商業誌ではたまに見かけるが、同人でやっているところはあまりない(観測範囲の話であるので、同様の手法をやっているサークルがほかにもあるかもしれない)。
このように、同人誌の書籍版とPDF版を両方用意する試みは素晴らしいと思う。筆者が想像している未来の本の在り方の1つを、実際に実践している人達が居るのがこの上なく嬉しい。更にこのような方法を取っている理由が説明されている。
まず、紙のほかにPDF版を用意している理由は、自分たちの本でお金が発生している箇所は「紙に綴じられていること」ではなくて「書いてある中身」だと思っているからだ。だから、中身を読んでもらえるならメディアはどっちでもよい。紙で読みたい人は紙で読めばいいし、スクリーンで読みたい人はPDFを買えばよくて、どちらでも好きなほうを読者が選べるようにしている。
(中略)
次に、前々号からはじめた「書籍版を買ったらPDF版を無料でダウンロードできる」施策について。これは、自分がこうだったら嬉しいなと思うものをそのまま作った。どうせスクリーンを見ている時間のほうが長いのだから、PCやスマホで読み返せたほうがよい。あと引っ越しのときに心置きなく本を捨てられる。
筆者としては、かなり的を射ている考え方だと思っている。世の中に存在する書籍全てに言えることだが、一番大事なのは「本の中身」そのものだと思っている。「本の中身」を載せている媒体なんて、大した問題ではない。少なくとも筆者は本が「紙」だから買っている訳ではないのである。
少し話が逸れてしまったので、改めて本筋に戻りたいと思う。同人誌というものは、基本的に誰でも作り頒布する事が出来るものとなっている。
なお、営利目的でないことを強調するために、同人の世界では「販売」ではなく「頒布(はんぷ)」という言葉が好んで使用されます。
誰でも作れるということは、その門戸は商業で活躍しているプロの人達にも開かれているという事になるのである。この記事の冒頭にも提示した文章を敢えて再掲したい。
その同人誌の作者(個人ないし集団)が商業活動において、一定の成果や知名度を持っている、即ちプロであること。例えば、漫画家やイラストレーター等である。
筆者にはある疑問がある、それは彼等プロの人間達がどうして態々同人誌を出し続けているのか、という事である。一応言っておくが、彼らにコミケに出るなとか、同人誌を出すなとか、そんな単純な事を言いたい訳ではないのである。
同人誌が営利目的ではなくあくまで発表することに重きを置いている、という理屈は理解出来るのである。しかし、その業界のプロの人間が何らかの形で作品を出したとして、それが営利目的ではないと言うのは余りにも無理があると、筆者は感じている。そんな筆者の疑問を強くするような記述も此処に提示したい。
しかし、一方で明らかに「お金を稼ぐために」活動しているサークルというのも確かに存在するようで、あまりにも露骨に金稼ぎに走ることで悪評が立った、などという話は数多く耳にします(金儲けがしたいなら商業でやれ!と言われてしまうわけです)。
中には「弱小エロゲメーカーに所属するイラストレーターが、それだけでは食べていけないので同人誌を売って糊口を凌ぐ」などといった涙ぐましい話などもありますが……。
上記の記述では「弱小エロゲメーカーに所属するイラストレーター」というワードが出てきているが、まさに筆者の想定しているプロの人間達のグループの1つである。弱小かはさておいて、今日においても同人誌即売会にはエロゲの原画を担当したことのある有名なイラストレーターたちが、その名を連ねている現状がある。全てを隈なくチェック出来ている訳ではないが、ここ数年だと抱き枕カバーやタペストリーにヘッドホンなど、最早同人の度を越えていそうなグッズが頒布されている。一般人がこんなグッズを出していたら、何年かかっても捌くことは不可能だろう。
グッズは兎も角、そんな有名なイラストレーター達が出している同人誌という名のイラスト集を手に入れるのは簡単な事ではない。最近はとらのあなやメロンブックスなどの同人誌ショップがあるものの、やはり買える同人誌の種類は少ない。筆者が唯一持っている同人誌は、コミケの後にメロンブックスで再販されたものである。コミケに行けない筆者にとって、本当に有難い采配だった。プロの漫画家による同人誌だって同じ事である。それらは商業漫画と同じ扱いではないので、再収録されるのかも分からない。
筆者だって自分の知っているイラストレーターや漫画家が作る作品にお金を出したいのである。それが商業出版だろうが同人出版だろうが変わらない。ネットに転がっている画像なんかで満足なんかしたくないのである。だからせめてイラストや漫画が収録されている同人誌くらいは買いたいのである。しかし、出来れば中古で買いたくはない。お金を出すなら中古よりも作者に利益を還元しやすい電子書籍の方が余程いいと思っている。
筆者からすると建前や理念は兎も角、プロの人間達が同人誌を出すのはやはり小遣い稼ぎの為だと思っている。だが仮にそうだったとしても、少なくとも筆者はそれを否定する気は全く無いし、寧ろそれ以外の理由で納得する方が難しいと思っている。プロとは言え、それ1つで食べていくのも簡単ではないだろうし、彼らが活動をする続ける為に必要な事なら応援したいと思っている。だからこそ、その応援する為の行動の1つに電子書籍化した同人誌にお金を出すということを加えるのは、いけないことなのかと筆者は考えている。
恐らく同人誌の場合、電子書籍化を阻む要因はコストよりも同人誌の理念そのものだと思っている。同人誌に、読み手と作者を繋ぐコミュニケーションの役割が備わっているとするならば、確かに電子書籍はそれを薄める可能性があるだろう。正直に言って同人誌の事を調べれば調べる程に、電子書籍化を目指すのが良い事なのかと、思う自分が居る。これは筆者の押し付けにもなる考えである。だが、このままの状態が良いとも全く思っていない。作者と受け手を繋ぐ新たな手段として、電子書籍がどんな役割を果たすべきなのかを、筆者はこれからも考え続けたいと思う。